終戦記念日の今日、そしてお盆真っ盛りの今日、最近めっきり評判の悪い「深イイ話」をたまたま見た。
真面目に「命」を考えるスペシャル。(笑)
その中で
という絵本が紹介されていた。
イタチが死んで、その死骸が腐敗し、虫やネズミなどに食われ、ウジがわいて骨と皮だけになり、そして半年後にはそこにきれいな花が咲き乱れているという課程を淡々と絵だけで表現しているという。
最近、なぜかそんな光景に出くわすことが多い。
あの震災を境に、やはり「死」を意識することも多くなった。
かと思うと、捨て猫を見つけてミルクをあげたりして、ほっとしたり。
「生きる」ということは、「死」というものとセットになってるんだと思う。
「昼」と「夜」があって「いちにち」が成り立ってる。
ひとが死ぬのは、死ぬことでひとに生きることの大切さをわからせるためなんだ。
生きてるだけでもうけもん。
まだまだそれに気づかないひとも多くいる。
もうすぐいやでもわかるときがくる。
自分が死ぬことを想像できるかな?
いかに生きるか?より、いかに死ぬか?だと思う。
呼吸と同じで、吸おう吸おうとすればするほど苦しくなってくるが、大声を出して息を吐いてしまえば、自然と吸えるもんだ。
いつ死んでも後悔しない生き方をしたい。
死んだあとで、自分の部屋からエロビデオがどっさり見つかったりしたらいやじゃない?
今のうちに処分しておきましょう。(笑)

